2019年05月24日

私はトレイルランナーなのか?

別にカテゴライズする必要は無いと思いますが、時々「 自分は何をしている 」と説明に困る事があります。

ひと昔前ならトレイルランナーと言っていましたが、今では年に1、2レース程度。
2015の時は15本くらい出てたんですけどね....。


私の場合「 TJARの順位狙い 」と目標がはっきりしてましたので、その過程52週計画を組み立てた時、トレイルランはそこまで必要無いと言う仮説を自分で考えました。(持論です)

でもトレーニングの一つとしては負荷が高いので多少入れますが、トレイルランナーと私が胸を張って言えるかと言えば、それは多分違う。
もしそう言われても強く否定するだろう。

もちろんスカイランナーでも無ければ、マラソンランナーでも無い。
そもそもランナーか???
ただ朝晩適当に走ってるだけじゃん....。
私はランナーですと胸張って言える定義は?
本気でやってないと言えないのか??
考えれば考えるほど逆にどうでも良くなりました。
( ランナーと付けずに、トレランやってると言えばいいだけですが、それで釈然としない空気を感じてます)

ロゲイニングも年1度程度。
私が目標を目指す上でマラソン以上に必要性を感じ無い。

かと言って、登山家なんてとても名乗れません。

自分の中で流行り廃りがあって、それが顕著に行動に出てしまい、その時々で趣味趣向が大きく変わるのです。
( 早くもUTMF熱も覚めました汗 )



最近、愛知県のメジャーな某山に、有名な登山家が登った時に、偶然トレイルランナーを見かけ、色々な意味で絶句したとの話を聞いた。

私も時々言葉を失う時、落胆する時がある。
ラン時、休憩時、写真一つ撮る行動にせよ、周囲が見えてない人が最近増えて来ている。

でも私も最初そうだったのかな?

だからと言って登山者もピンキリなので、一概にランナーだからと攻められない。



話は戻って、自分が本当に目指したいのは登山家。
孤高な感じがするアルパインには憧れます。
でも本物は、仕事や家族を大なり小なり犠牲にしてまでやってるからな〜。
命の危険性が高いし。
「 2日以上休むのが無理 」とか言ってるレベルでは先が知れる。


そんなわけでちょっと宙に浮いてる感じの自分がいます。
この中途半端感が自分らしいが、はっきりさせたい部分でもある。

あんまり気にする部分じゃないかな?

◾️結論
山にどっぷり行けないけど、出来る限り今の範囲で頑張って、登山家と胸張って言えるようになりたいです。




◾️私の好きな一文
服部文祥氏の書籍「 増補 サバイバル! 人はズルなしで生きられるのか 」のはじめに書いてある一文だ。

以下
「 登山は判断の連続で成り立っている。なのに登山者の目に、判断の正誤が見える形であらわれるのは、致命的に誤っていた時だけだ。正しい判断にはご褒美は無く、生存という現状維持が許される。小さな失敗は見えない労力や苦痛になって返ってくる。
落雷や雪崩など、登山者側に過失が無くても圧倒的な力で飲み込まれ、死亡することもある。
人が虫かけらのように潰されていくことを受け入れるのはつらい。それゆえ人は、自然の驚異を擬人化したり、神格化したりしてきた。
だが自然に意思はない。
そこにあるのは完全なる無関心、もしくは完全なる沈黙である。
自然は我々のことなど、全く意識してないのだ 
posted by 男澤ヒロキ at 18:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スピードハイカーというカテゴリーでは如何でしょう?
Posted by なべぞー at 2019年05月27日 18:47
なべぞーさん
なんかーハイカーだと夏山だけのイメージが(^^;;
でも「 トレランですか?」「 いえ、歩くのが速いだけです 」と確かに答えてます(笑)

>なべぞーさん
>
>スピードハイカーというカテゴリーでは如何でしょう?
Posted by 男澤ヒロキ at 2019年05月28日 10:55
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