2020年07月02日

【葬式】ふと、自分が死んだ時を考える

今年頭に親しい友人が無くなり通夜に行き別れを惜しんだが、その通夜が私の思うよりもあっさりしており少し残念に思った。

私は東北宮城県の育ちで、葬式と言えば一週間かけて盛大に行うのが文化だった。
お金を撒いたり、頭に白い布を巻き喪主を先頭にお寺に向け歩いたり。

いまは東北とて簡素化されているかも知れないが、2016年に私の父親が亡くなった時も5日間。
火葬まで4日間の日程だったので、何度も親父の死顔を見ては、ここまでの想いにふけった。
「 ありがとうね。最後なにか言いたいことあったのかな?幸せだったかな? 」とか。


◼️葬儀屋に理解するも少し残念にも思う
テレビでもお葬儀屋さんのCMをよく目にする。
「 家族葬で30万円。」
ビジネスは仕方ないにしても、あまり面白く無いCMだ。
いや、まだマシなのかも。
これが下手な葬儀屋だと、もっと足元を見た商売になっているのだと思う。

私も20年以上前に考えた事があるが、これからの時代葬儀を簡素化で費用負担減を考えた提案をすれば、ニーズが高まると予測したが、いかんせん自分が情緒や風土文化を重んじる性格もあり、このビジネスは向いて無いと思った。
でも必要な仕事なのは確か。

実際今回の友人の通夜は仏教風なのにお坊さんが来なかった。
普段「坊主丸もうけ」と揶揄している私だが、実際いないと間が抜ける。
あのお経を称える数分間は儀式としてあると無いとで大違いだった。

変わりに葬儀チェーン店の若い男性が「 故人を偲び、生前好きな歌をこれより流します 」との事。
これにも驚いたが、曲を聞けば「 あー....◯◯さんこんな曲聞いていたのだな 」ともなった。

だからとて私は古い考えの日本人なので、これは肯定出来なかったのだが、自分に当てはめると、妻は超簡素化の安上がりに済ませるであろう。
和尚さんも来ないかも知れない。

そしてこの葬儀チェーンの若い男性に「 亡くなられたヒロキさんが生前聞いていた歌です 」と妻から適当に渡されたCDを流されて、棺桶の中から「 それ違う!一回も聞いたことない!! 」と嘆くのだろう。

まー妻は私の「 たかが葬式 」と言う意識が強いドライさがあるので、安上がりにすべく家族葬にして誰も呼ばないだろう。
私の人生はそんな感じの終わり方かも。
それはそれで家族に負担かけない点では良いのかも知れない。


◼️私の生前の願い
和尚さんは呼んで普通に葬式をして欲しいし、死顔も皆さんに見て頂きたい。
ミュージックは映画「 クライマーズハイ 」のサウンドトラックを、最初から最後まで常に流して欲しい。

そして本音はあまりして欲しく無いが、もし生前聞いていた曲を流すと言うのなら、NatKingColeの「 モナリサ 」を流して欲しい。


まー、死んでもそんなに悔いの無い人生ですが、そのリスクは普通の人よりも随分高いので、友人の死でこんな事を少し考えました。

出来る限り葬式には来て欲しいな〜。
お別れの会もお願いします。

そして次生まれ変わるならツバメがいいな〜(笑)
posted by 男澤ヒロキ at 00:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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