母親は山奥の一軒家に1人暮らししており、全く力仕事が出来ません。
今回は台風19号で裏山の池に土砂が入り込んだ上、その排水路も埋まってしまったので、その泥を取り除いて来ました。
昔畑や田んぼだった裏山も、今では放ったらかしなので草がボウボウ。
きっとこのまま朽ちて行くのでしょう。
若い人が少ないので、ご近所の畑も手入れが出来ていない様子でした。
私も今回草刈りまで手が回らず...。
その後部落(地区)の寄り合いで、内神様を集団で拝む慣例行事に行きます。
宮司さんが来られご祈祷し30分程度で終了。
私、昔の慣例行事や田舎を懐かしみ大事にする考えがありますが、いざ自分がそれらに参加すると「 これ意味あるの? 」と合理主義が出てしまい、思想と行動が矛盾する悪い癖があります。
あー、でも行事は苦手だな。
出席した事で“ 帰って来てる ”と言う事を(地区の皆さんに)知って頂く効果はありましたが。
◼️さて母親の話。
父親が3年前に他界し、以降は前に書いたように1人暮らしをしています。
そこに親戚で80歳近くになる伯父が「 あなたは元々男澤家の人間じゃないからこの土地から出て行け 」と言って来たそうな。
要は 「 嫁いで来た身だから、夫が亡くなったらもう関係ない人 」と言うのが、伯父の考え。
典型的な昔の人です。
満州から帰って身寄りが無い時に、実家である男澤家で青春時代を過ごしたので、その分想いが強いのでしょう。
そして自分が老いて行く中、その部分を憂い案じているのだと感じました。
そう、長男である私が先祖代々の土地を何とも考えていないのが、この問題の根底です。
ただ母親にそれをダイレクトに違う表現で言うのは筋違い。
神社の行事で奥さん(伯母)とお会いしたので、その部分は私が悪い旨母親には言わないよう上手く伝えてくれないかと、やんわりとお願いしました。
伯父は私に直接言われたら萎縮し言い返せないと思うので。
すごい伯父なんです。
中学卒で某街の農協の支店長までなってますからね。
私も小さい頃から大変お世話になりましたもの。
◼️ふるさとの山
話は180°変わってふるさとの山の話。
深田久弥の日本百名山の冒頭で「 誰しも心に残るふるさとの山がある 」だったかな?
そんな事が書いてあり、感心した覚えがある。
私の場合は宮城県中部にある“ 箟岳山 ”である。( ののだけ山 )
宮城県民意外は知らないと思います(笑)
我が家の近くから見た箟岳山。
幼い頃は大きく見えた箟岳山ですが、標高は僅か236mです。
ただだだっ広い仙台平野の中でポツンと異彩を放った山で、我が家(東側)から見ると稜線がキレイに均等に伸びており、幼い私は「 まるで富士山みたい 」だと思い眺めてました。
夕日があれに沈むのです。
ダイアモンド富士のように....(笑)
展望も良く宮城県北部中部、岩手県の山まで一望。
山頂まで車で行けて、そこには大きな寺院があり、さらにその肩にジンギスカンを食べれる眺望の良いレストランがあります。
我が家から山頂まで往復16km。
中学、高校の時はこれを週に一度走り山頂の寺院で、
「 頭が良くなりますように 」
「 お金持ちになりますように 」
「 女の子にモテますように 」
と拝むのがルーチンでした。( 我ながらゲスい )
一番好きな山は剱岳ですが、心に残る山となるとこの箟岳山です。
ふと実家に帰った時に思ったので、気ままにアップさせて頂きました。m(_ _)m
帰りは仙台空港から名古屋国際空港へ。
全然時間無く毎度大変ですが、もう少し頻度を上げて実家に帰ろうと思います。