※長文注意!!
◾️8/24(土)
朝4:30に中の湯焼岳登山口を出発。
5:50焼岳登頂
そのまま西穂山荘に行き上高地に下山。
横尾まで走って蝶ヶ岳、常念岳へ。
常念テント場に16:40に到着したのですが、風も強くハンパなく寒いです。
外のベンチでビールを飲みますが、寒くて寒くて500ml1本がやっと。
湯タンポ作ってタオルで包み、SOLライトヴィヴィに入れて19:00就寝しましたが、22:00には寒くて目が覚めます。
湯タンポ作り直そうとしたら、登山中では初のガス切れ....。(使い切った事が少し嬉しい)
以降25:00まで寝れず....。
ヴィヴィ内とテント内の気温差無く、改めてヴィヴィの限界と言うか無力さを感じました。
◾️8/25(火)
2:00に大天井岳に向かい再スタート。
大天井山荘も温度計を見ると驚きの3.8℃。
それでもTJAR2018の時の百間洞に比べればまだマシです。
あんときは霜柱立つくらい寒く、寝てて震えが止まらなかったもの。
一緒に来ていた日本最強レベルの相方が、燕岳までピストンすると言うので私は一人で西岳ヒュッテへ。(7:30)
この小屋好きだわ〜。
このマイナー感。
ロケーション。
静けさ。
行きにくさ....。
堪らない!!!!
北アで一番好きかも。
(泊まった事無いけど)
ここで燕岳ピストンに行った相方を2時間半ほどビールを飲みながら待ちます。
(車で来てますが、どう見積もっても運転するまで8時間以上空くので)
その後槍ヶ岳方面に行き、双六に行く相方と別れ下山。
後は地獄の林道です。
結局練習不足なので徳沢から走れなくなり、猿と一緒に歩きました。
そして最後。
釜トンネルから6kmのロード登りが一番きつかった〜。
安房峠の下のほうに路駐してる人ズルイなぁ〜....。
と、あれこれ締まりが無い山行でしたが、天気良くまずまず楽しめました。
◾️ここからが本題!(毎度)
東鎌尾根を槍ヶ岳方向に歩きながら考えます。
この尾根を境に左手は上高地。
右手は高瀬ダム。
似たような谷地形だが、
かたや日本ナンバー1の登山のメッカで景勝地。
かたや同じく綺麗な谷なのに閑散エリア。
東鎌からは降りるルートも無ければ、メジャーどころの燕岳にすら登るルートが無い。
(厳密に言うとバリエーションがありますが)
何故このように梓川と高瀬川で差が付いたのか。
◾️持論!!:上高地と高瀬ダム側との差
@ 単純に人間は 北 の方角が好きでは無い。(のでは?)
「 敗北 」と言う言葉がある通り、「 北 」は鬼門で不吉だと言う説があります。
「 北枕 」「 北玄関 」「 北朝鮮 」
自分もあまり良いイメージがありません。
そもそも、北と言えば寒い/寂しいイメージが私にはあり、太陽のあたる南を背に向けるのを本能的に軽く拒否してます。
太平洋側で生まれ育ったからでしょうか。
海から朝日が登り、山に夕陽が落ちるのが普通で、この反対だと未だに違和感があります。
高瀬ダム側は東鎌の北側で、午前中は陽が当たりにくい。
これが上高地と真逆に位置してたら、絶対違ってたはずです。
A 大町(松本藩)と加賀藩の山意識の違い
これが本命かな。
加賀藩は江戸時代初期、松本藩との国境をなす未知の北アルプスへの重要度を認識し、「 奥山廻り 」を常設し毎年巡回させていた。
一方松本藩は上高地には注力するものの、八坂村(大町)側への政治的意識、国境意識が薄い。
それにより長野側の山まで加賀藩側から見た立山の後ろと言う事で「 後立山 」の名前になっている。
おそらくだが、仁科家の文化はある程度発展していたが、白馬岳/爺ヶ岳の山名のように農業中心文化で、加賀藩(越中国)と違い行政が山に向いていなかったのでは無いだろうか。
又松本藩も戦国時代から領主の入れ替わりが多く、前田家で比較的安定していた加賀藩と違い、行政的に不安定で「 奥山廻り 」のような国境を意識した、中長期的な取り組みが出来なかったのだと思う。
信濃側は四方山に囲まれ、全ての山に行政が行き届きにくく、加賀越中は平野部からでも大きく見え、一方向で管理しやしいと言った面もあったのでは無いか。
近代に入ってからも、長野屈指の高瀬渓谷あるにも関わらず、上高地のように観光として活かされ事無く、産業としてダムありきの開発がされ日本屈指の水力による電源地帯となっている。
ただ野口五郎岳や爺ヶ岳、白馬のように山名は加賀藩主導で無かったのがファインプレーだ。
B アクセス面
ご存知の通り、東京からでも名古屋からでもアクセスが良いとは言えない。
バス、車でも行くのを躊躇するが、新幹線や電車は更に大変だ。
かたや上高地のバス停を見てるとひっきりなし。
高瀬ダムはと言えばタクシーか、七倉ダムから歩くのみ。
その七倉ダム駐車場も僅か100台程度。
観光はと言えば登山と言うより、スキーに注力。
日本屈指のスキー場の多さは高瀬川/上高地に関係無いが、目指すところが違う&割り切った感が伝わる。
後立山連峰東部の裾野が、国立公園に指定されて無いのだろうか?
このスキー場文化も詳しく知りたいところです。
Cルートの数
高瀬ダムを起点として登れるのは、烏帽子岳と湯俣温泉からの水晶岳/野口五郎岳くらい。
僅か2ルートしか無いのだ。
伊藤新道が復活すれば三俣蓮華岳まで....
北鎌も整備すれば....
先にも言った燕岳(表銀座)にも東沢尾根で...
水俣乗越も使えば上高地にも簡単にいける。
これらがあれば、結構面白い一般ルートの組み合わせが出来ると思う。
◾️結論
いろいろ書きましたが、だいぶ私の推測が入ってます。
好き嫌いで言うと上高地より好き。
私、上高地だと浮きますからね(笑)
ちょっと寂しい山域ですが、このマイナーな場所に山の本当の楽しさがあるような。
決めました!
9/21-23で上高地から入り、水俣乗越から高瀬ダム側に下山。
湯俣温泉でテント泊し、翌日伊藤新道で三俣蓮華山荘を目指します!
2日目は到着時間によりけりですが、どこかの小屋に泊まって3日目上高地に戻って帰ろうっと!(多分双六)
水俣からバリ&バリですが、北アの歴史知る上でやっておきたいルートかな〜。
分析大好きなんで、もっと大町と芦峅寺の歴史も勉強したいです。