2018年09月13日

【 TJAR2018】7日目後半

8/18 14:00頃
静岡市 畑薙第一ダム

ここから90kmでゴールの大浜海岸だが、これが意外と厄介で苦しい。
アルプスを縦走して来た選手の身体はほぼ全員と言って良い程ボロボロで、大なり小なり何かしらトラブルを抱えている。

普段なら気持ち良く下れるであろうロードも、状態次第では地獄だ。
一歩進む度に身体のどこかに痛みが襲い、針の山を歩いている感覚で苦痛に歪んだ顔から、知らぬ間に涙がポトリポトリと落ちた。

今回私がその状態だ。
痛むヒザとアキレス腱、頻尿で浮腫み始めた顔、手のひら、脚。

せめて上位で勝負していたらドラマになったのに、順位を落としている中でこれは絵にもならない。
脚が動かない。でも時計を見る。
その度刻々と来るリミット時間で、気持ちだけ焦り余計悲壮感が増した。



「 大場くん、ごめん....。しゃべられない 」
ダムの右岸(西側)に車で応援に来てくれた選考会参加者の大場くんに謝る。
励ましてくれるが、心に余裕が無くなりもう応えられない。

少し1人になりたい気分だ。
冷静にもう一度逆算をして、区間毎にタイムを割り出し堅実にその計画通りに進むしか無い。

だが何度計算しても同じで、結果が厳しい事に変わりは無かった。
貯金を先に使うか、後に使うか、作戦はそれだけ。


15:00頃
3km先の白樺荘まで何とか繋いだ。
玄関にTJAR創始者の岩瀬さんが立っておりビックリ。
名前を名乗り深々と頭を下げ挨拶する。
でも笑顔が作れない。
「 もう、歩くのも精一杯でゴールまで30時間以上、いや制限時刻ギリギリかも知れません... 」と伝えたが、この類の弱気な発言に岩瀬さんは慣れているようで軽く受け流される。(朦朧としておりあまり記憶が無い)

白樺荘にはお風呂があるが、そんな余裕は当然無い。
先ずは夜に備えて食べる事と、ストレッチで固まった脚を解す事に専念。
眠いがここでの仮眠的な休憩はルール上出来ない。

食堂は既に終了しており、売店のカップ麺5つあった内の3つを購入。
後は板チョコ2枚にドーナツ2個。
携帯も充電する。
思い切って40分は休憩を入れようと考えたのは、後ろの石田選手、片野選手がまだ到着してないから。


30分程度で食事やストレッチをした所で石田選手、片野選手、柏木選手が登場。
3人共余裕ある感じで、私とのギャップを感じた。
柏木選手がカップ麺を食べて無いので聞くと売切れで買えなかったとの事。
軽く謝罪する。


食事がまともに取れなかった柏木選手が先にスタート。
柏木選手に引っ張って貰ったら自分のペースが戻るかもと思い一緒にスタートするが、1kmくらいで便意をもようしたので、ガードレールを乗り越えて草むらの奥の奥まで歩いた。
でも柏木選手が付いて来たので中断。
ちゃんと“ キジ打ち ”と伝えるべきだった....。


柏木選手の歩くスピードに付いて行けない。
その後少しして石田選手と片野選手に抜かれる。
3人とも歩いているのに、歩行速度が違い若干ギクシャク。
まだ10位程度だが、誰も順位を気にしてなかった。
唯一、気にしてたのが自分。
これで14位まで落ちた。
これはとことん落ちる予感。
リミットギリギリのゴールになるなら、27位とかそこぐらい。
その数字を考えただけで気持ち悪くなった。

それよりあと30時間以上歩くのか。
地獄過ぎる。
いっそリタイアを決断した方がスッキリするにではないか?
これで何百回目だろう、止める理由ばかり探している自分がいた。


少しずつ暗くなって行く。
「 静岡駅まで72.5km 」。
500m毎の表示の次が中々来ない。
眠っていたのか、痛みで気絶してたのか分からないが、時折記憶が無くなり夢遊病のように歩いては正気に戻る。
その繰り返しが続いた。


19:30頃
気がついたら井川ダムCPの手前まで来ており、応援者がいる手前最期の200m直線を走った。
TJAR創始者の岩瀬さんと再度お会いする。

もしと思いCP到着後に携帯の充電が出来ないか聞くが、CPスタッフが実行委員に電話し出来ないとの回答。
正直、どうでも良いのにわざわざ実行委員に連絡しなくてもと思ったが気を使ってくれたのだろう。
キャンプ場受付にスタッフが充電出来るかの確認をしに行くが、そこで「 それは選手がやる事 」と岩瀬さんと同時に発した。
スタッフが本当気を遣ってくれるが、それが下手すると失格になりかねない。



ここで40分程仮眠。
寝る前に痛み止めとハニーアクションのリカバリーを飲んだせいか、起きたらヒザの痛みが消えていた。

20:30頃
井川キャンプ場CPを出発。
やはり走ると痛い。
だが走る。
石巻から来ていた母親が明日午前中で帰路に着くので、なんとか間に合わせ親孝行がしたい。
姉、妹の運転とは言え、73才の母親が片道10時間くらい辛抱して静岡大浜海岸まで来てくれている。
「 痛いのは気のせい。辛いのは気のせい。我慢して次の何か打ち手を探す。 」
小さい時から母親が私に何度も言った言葉を思いだした。

悪い中にも波が少しあり、我慢しながら脚を動かす。
その状態から更に波を見つけ痛みを我慢し、次の波に乗せる。
何十回も我慢を繰り返していると、固まってはいるが脚が変に動き少しづつ走れるようになった。


井川集落をショートカットで通る。
そこから更にショートカット。
前の石田選手がそのルートを熟知しているので、大きく詰める事は出来ないが10分に一度GPSを見て前を追った。

井川ダムに出るといつの間にか1時間前に井川キャンプ場CPを出た石田選手、片野選手を抜いていた。
2時間前の柏木選手も5分圏内。
富士見峠へ差し掛かる前に抜いた。

2016の大原さん、松浦さんが車で応援に来てほんの少し歩きながら会話したが、今まで下から見て来た選手の中で一番走りが良いとの事。

自分でも覚醒しているのが分かったので22:30に姉に電話し必ず明日午前中にゴールすると伝えた。


鹿野選手まで射程圏内の8位に向け、私の中で椎名林檎の「ニッポン」が流れた。

クサイキレ。
歌詞に含まれるこの言葉が大好きで、自分を被せひたすら前を追った。
posted by 男澤ヒロキ at 21:00| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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