2018年09月04日

【 TJAR2018】5日目後半

8/16 12:00
南アルプス野呂川越通過

※余談
今回の私の拘りだが、(よほどの緊急時以外)テントは指定地以外で張らない。
大会自体が注目されている事もあるが、選手個人の山でのモラルも見られていると感じているからだ。
そしてその本人のリスクも増える事。
最下位ならスイーパーのリスクともなる。

実際ブリーフィングでも前例を出ており、その部分がデリケートになっていると感じた。

TJARの選手たるものと言う表現はおかしいが、予め行動計画を作っておけばテント場で野営で計画にするだろう。
何かあって遅れた場合は区切りが良い所まで下方修正だ。
自分のリスクを最小限にしながら、トレイルに負担をかけない、山のルール遵守で行く。
それが本来あるべき姿だと思います。

またビバークとも呼ばないようにもしている。


◼︎本戦
野呂川越えから三峰岳へは千塩尾根づたいを凡そ800m登る。
私の中のTJAR三大イヤな区間第2位だ。
しかもここは奥地過ぎて応援者どころか登山者も来ない。

森林の中の尾根を淡々と登る。
尾根西側に当たる風雨が吹き抜ける時とても寒い。

辛いのはその寒さでも、ヒザの痛みでも無く、雨でも無い。
とにかく眠い。
それがどれにも勝っている。

それもそうだ。
この二日間まともに寝て無い。

登りながら何度も気を失う。
それを対処しようとしても今の環境が悪過ぎる。
今、この状態でゴロ寝でもしたら低体温症になるだろう。
せめてシェルターが張れ雨だけでも凌げれば。
でも指定テント場以外は絶対張らないと決めていた。

ひたすら我慢が続く。
改めてTJARは過酷だ。

何度も同じような尾根の登りを行く。
まるで夢の中にいて騙されているかのように。


やっと鎖場が見えた。
これで7割くらい?いや6割くらいだろうか。
少しホッとする。

鎖場を登りきるとストックが一本無い。
下を見ると登山道とガケの微妙な間に落ちていた。
また危険な鎖場を降りて、自分を確保しながら回収。

本当私は運がいい。
これがあと1m遠かったら、回収出来たかどうか。踏み外せば奈落の底だ。

尾根西側を何度もトラバースしながら登る。
西風が強いのに加え上からも、吹き下ろしの風がイレギュラーで来るのでバランスが崩れやすく歩きにくい。
そして何度も偽ピークに騙される。

急に東側にトラバースした所で三峰岳分岐に到着した。


14:17
三峰岳山頂到着
E245FF4D-E29D-4068-A540-B6558EB66754.jpeg
暴風雨で途中から眠気が飛んだのもあり意外良い着地タイムだった。

ここからもイヤな下りが続く。
三国平のノッペリした部分ではこの日最速の風で立てない。
BB弾を背中一面で受けている感じだが、これぐらいは慣れっこだ。

ここで15:00に。
この状態で塩見岳越えの三伏峠まで6時間掛かる。
それは危険過ぎるので諦めた。



小屋到着が15:30。
何度も屈んで風雨を堪え凌いだので相当遅くなった。
風にあたり過ぎて体力疲労も凄い。

小屋ではストーブにあたりながら及川選手と片野選手がカレーを食べていた。
私もカレーを二杯注文。
もっと食べれるが、後から来るメンバーに残しておかないと。

手袋と靴下を乾かしながら2人と会話。
もう2人ともこれ以上は危険の判断で、流石TJAR選手。

その後石田選手が先頭で、柏木選手、鹿野選手、古澤選手が到着。
古澤選手が石田選手に握手して「 本当ありがとう 」。
非常に厳しい場面だったと思うので、経験者の石田選手が居た事で心強かったのだと思う。

それから更に後で阿部選手到着。
若干顔色を悪くしながら「 申し訳ない 」と何度も謝る。
ペースが遅れた事、心配かけた事を謝ったのだと解釈した。



小屋におられた登山者からの情報で、長野県に竜巻注意報が出ているとの事。
風速も25mを体感的に超えており、大会中止の可能性を感じた。

後続も心配だ。
仙丈ヶ岳越えたら野営ポイントは両俣小屋まで下山するしかない。
南アルプスはこの部分で高い経験と体力が求められる。
そしてリスキーだ。


それよりも自分だ。
この暴風雨の中でシェルターで寝るのか。

先ず他の選手よりも先にいいシェルター設営場所を確保しよう。
小屋の女性従業員に聞くと、一番遠い場所が風が弱く水抜けも良いとの事。

だが、他の登山者に聞けば小屋の真下の樹林帯が良いとも。

雨の中遠くまで行って設営するのもシンドイし、他選手の動向も見れないので小屋の真下に設営を決めた。

これが大間違い。
大学生の集団が2つ大きなテントを設営しており、そのテント間に平な場所があったので、リーダーらしき人にこの場所に張らせて頂く旨の許可を取った。
「 僕らは構いませんが、ここ全然良くないですよ。誰がそんな事言ってるのか...。」

寝ても3〜4時間だし、すぐ寝るから大丈夫と伝え設営。
追って私から3m離れた斜めな場所に柏木選手も設営。

ところが、スコールが何度も来てシェルター無いのヒモからポタリポタリと水滴が落ち顔に当たる。
顔の上のヒモをハサミでチョ切りし対応。

少し寝ると今度は足が濡れている。
あれ?身体にも冷たい水が入って来ているような....。
でも無視して寝る。



寒くて起きた。
あり得ない。シェルターの下が川になっており、その川の水がヴィヴィ(寝袋カバー)の中にバンバン入って来ていた。
「 ここ最悪じゃん!! 」

チャックを開けると片野選手が「 これ無理っすわ! ! 」とシェルターごと抱きかかえ退避して行く姿が見えた。
「 柏木さん!これヤバイよ!一旦退避するわ!! 」
隣のシェルター内の柏木選手に話かけると、
「 自分の場所、斜めなってるんでうまく水が抜けてるんです 。」
でも、(寝れず)起きているんだなと思うと笑ってしまった。


シェルターだけ放置し、荷物を抱え小屋の軒先に行くと石田選手、片野選手、阿部選手が既に退避していた。
外はバケツをひっくり返した様なスコールだ。


先ず低体温症にならぬようガスで白湯を沸かし飲む。
その後ヴィヴィを絞り身体に巻きつけて、ベースレイヤーごと体温で乾かす。
ダウンのみ脱ぎ、これもガスで乾かした。

石田選手達はもう一度シェルター内で寝るチャレンジをするとの事。
私1人が取り残された。


20:30頃
及川選手が出発準備。
まだ天候がヤバイと注告するが、寝れないとの事でなら身体を動かす選択をしたと、暗闇の塩見に向けて出発して行った。

自分は体温を上げるべくカロリーメイトを6本食し、再度シェルターに戻って睡眠チャレンジ。
シェルター内の水が5リットルはあるだろうか。
一旦逆さにし水を出した。
その後違う場所に移動して再度設置。

さっきより幾分かマシだが、やはり水が少しづつ溜まって行く。
頑張って頑張って1時間寝る。



22:00頃
またヴィヴィの中に水が浸水して来たので目が覚め退避を決断。
ここまで来ると及川選手のようにリスク承知で出発したほうがまだマシだ。

もう一度白湯を沸かし飲んでいると、誰かが三峰岳方面から歩いて来た。
「 ウソでしょー!!? 」
原選手が到着。
「 いやー、手こずりました。両俣に降りるべきでした。風雨が酷くてコンパス使いながらですよ。途中立ってられない上にBB弾でした。 」
もともとこう言う性格なのか意外と明るい。

「 どうする?ここヤバイよ?オレもう無理。身体温めて湯たんぽ作ったら出発する」
「 この先に野営出来る所があるので、そこまで行こうかと。」
「 もう少し話そうよー 」
私がそう言うと原選手も腰掛けて食事の準備を始めた。

大きなコッフェルに食事も小分けにし充実しているのに驚く。
モヒカンと言うかチョンマゲと言うか、ワイルドな感じなのに、意外と繊細で考えた装備品だ。
かたや隣で白湯を飲みながら、カロリーメイトを食すひもじさや。


雨が小降りになったのでシェルターをダッシュで撤収。
中に溜まった水がすごく、原選手がそれを笑いながら写真を撮った。

原選手とはこれっきりとなったが、この僅かな時間だけで一気に打ち解け、このレースの苦しいポイントを共有出来た事で、一生の想い出となった。



原選手はこのまま熊ノ平テント場で野営。
私は石田選手と一緒に23:00頃に塩見岳へ向かった。
posted by 男澤ヒロキ at 17:33| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【 TJAR2018】5日目前半

8/15 23:45 市野瀬

※余談
この夜は市野瀬で盆祭りが行われた。
誰に聞いた話か覚えていないが、地域の方々がTJARのあるこの日に合わせたとの事。
そう考えるとこの地域の方々にもTJARは根付き歓迎されている。
非常に嬉しい事だ。

焼きそばにビール、トウモロコシ。
応援に来られた方含め全員が笑顔になった。
仮眠を取る選手も寝れないと言いながら苦笑いし、それを思い出の1ページと考え楽しんでいるように思えた。
本気で寝る選手は柏木まで行けたと思うし、少しではあるが、地域貢献と脚光を浴びれたのだから幸せだ。
私は仙丈からの出戻りながら、運良くこの盆祭りに遭遇し、非常に楽しく気持ちの良い時間を過ごさせて頂きました。



◼︎本戦
片野選手が出発の為NHKの撮影に入る。
私は邪魔にならぬよう後方で待機。

鹿野選手が不思議そうにその様子を見つめるので、実は2回目のスタートだと説明。


片野選手とは何度も一緒にアルプス練習した仲なので、この機会が出来て嬉しかった。
だがスタート早々から調子がいまいちそうだ。

柏木で寝たいとの事なので登山口駐車場の上のアスファルトで2人並んで10分仮眠した。


そこから1時間一緒に登った林道の水場手前でまた寝たいとの事。
「 ウソでしょー!!!? 」
でも、かなり厳しそうだ。

「 30分だけ... 」
シェルターを張り寝る片野選手。
私はマットだけで横になったが、その瞬間に雨が降り始めたので、カッパを着込んだ後片野選手に一言先に行く旨を伝え出発した。


一人になってからの私の睡魔も酷い。
地蔵尾根を登りながら右手にずっと金網が見えるので寄りかかると草むらに倒れこむ、そんな状態が続く。
この状態は少しマズイと思い松峯小屋に降りるコルの手前(覚えてない)で20分ゴロ寝。
それでも右手の金網が消えなかった。

地蔵岳東斜面をトラバース。
14時間くらい前にもここを通っている。
登りでも何でも無いトレイルだが、2回目はやはり苦痛しか無い。

この付近で及川選手に抜かれる。
足取りが軽いので「 調子良さそうだね 」と質問すると、日増しに調子が上がっているとの事。
そう言えば雨宮選手が「 及川くんは後半型 」って言ってたな。


森林限界最後の急登。
1歩1歩頑張りながら登る。
ザックが1つ放ってあったので、誰か落ちて無いか見渡した。
稜線に出る最後の九十九折で、山と渓谷社のカメラマン金子さんの撮影。
さっきのザックは金子さんのだったのか...。
この暴風雨の中、撮影に来る金子カメラマンのプロ根性が凄い。


稜線に出ると暴風雨。
そんな中、アラジンの女性4人がキャーキャー降りてきて声援を頂く。
この暴風雨なのに凄い楽しそう。
自分は早いところ仙丈小屋に行きご飯が食べたい。

仙丈ヶ岳と仙丈小屋の分岐で応援者2名。
この応援方法に色々思う事があり、私も気が立っていた面もあるがかなり憤りを感じた。
(でもまだまだ修行が足りないなと、落ち着いた今頃反省)


8/16   07:50
仙丈小屋に到着。
及川選手がカップラーメンを食べている最中。

AB24B191-63D0-4055-ABE6-2EFB6474BCAD.jpeg

自分もカップ麺を1つ注文し食す。
カレーが無いのかと落胆していたら、管理人の加野さんから白米なら出せますよとの事。
嬉しい!キムチとふりかけでご飯を頂く。
143B3547-7171-46D3-AF67-75BDF4857B11.jpeg

そうしてると片野選手到着。
結局あの場所で1時間寝たとの事。

及川選手が入れ違いで出発。
私もトイレを済ませ5分後に出発。


仙丈ヶ岳から大仙丈岳の稜線はやはり風が凄い。
片野選手が走って追いついて来た。
「 いよいよマズイすわ... 」
ストックが折れた事、この暴風雨、脚も良くないとの事で両俣小屋下山(リタイア)も検討したいとの事。
でも足取りが軽く「 寒いから走って下山する 」と颯爽と居なくなった。
これを見ていて、まあリタイアは無いだろうと一安心。

私は一向にペース上がらず。
2回の仙丈ヶ岳登山が相当なダメージ。
おまけにこの2日間まともに寝て無い。
しかも雨。
俺の方が両俣小屋に降りたいわ!と片野選手、及川選手の遠い背中を見ながらボヤいた。


11:40
横川岳到着
359A0CDA-5D0F-47AD-8316-F821254A68BB.jpeg
少しゴロ寝と考えていた横川岳でさえ雨風が強く断念。
それより、市野瀬からここまでで12時間って信じられないくらい遅い。


私以上に後方は風雨に晒されるしペースも遅いだろう。
リタイア者がそろそろ出てもおかしくない。

仙丈ヶ岳以降応援者どころか登山者も居なく、寂しさと不安が募っていった。
posted by 男澤ヒロキ at 05:43| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
リンク集
amatch(アマッチ)ブログ 岐阜在住編
http://amatch6.blog.fc2.com/